月別アーカイブ:2015年1月

新年明けましておめでとうございます。

新年明けましておめでとうございます。昨年行われた総選挙で日本共産党は大きく躍進させて頂きました。改めてお寄せいただいたご支援に心からお礼申し上げます。今年4月はいっせい地方選挙が行われます。参院選、衆院選に引き続き地方政治でも躍進できるよう全力を挙げて奮闘します。本年もよろしくお願いします。

年末は氷ノ山へ。氷ノ山は、新田次郎著「孤高の人」でモデルとなった登山家・加藤文太郎が愛した山です。加藤文太郎は昭和初期に活躍した登山家で、休日を利用したサラリーマン登山家としての道を開拓しました。兵庫県美方郡浜坂町(現新温泉町)出身。小説「孤高の人」にもありますが、彼の登山家としての代名詞は不世出・不死身・単独行。武勇伝ならいくらでもあります・・、とにかく足が速く彼が務めていた三菱重工・和田岬を朝6時に出発し須磨から山に入り六甲山経由で宝塚まで50km縦走し、その夜の11時までに和田岬まで歩いて帰り全行程100kmを17時間歩き通しました。一月の厳冬期に富山県から長野県への北アルプス縦走を単独で成功したのも彼が初めて。疲れると熊のように雪洞にもぐって眠り、嵐が止むとまた歩く。加藤文太郎は、ありあわせの服装をし、高価な登山靴も持たなかったため、地下足袋で山に登る異色の存在であり、単独行であることと、地下足袋を履いていることが、彼のトレードマーク。たった一度だけ友人と一諸にパーティを組んだ厳冬期猛吹雪の槍ヶ岳北鎌尾根で遭難死、31才。

加藤文太郎も歩いたといわれる福定から~氷ノ山越~氷ノ山山頂~東尾根~福定コースに挑戦。

加藤文太郎も泊まったといわれる地蔵堂

氷ノ山越え付近から氷ノ山山頂を望む

山頂避難小屋は霧氷で真っ白。

山頂避難小屋を後に東尾根方面へと下ります。

東尾根方面は、雪原と氷ノ山名物霧氷のモンスターと化す木々が広がります。

これから1~2月の間でさらに巨大な霧氷へと発達します。

幻想的な風景についつい足が止まります。氷ノ山は私もよく行く大好きな山です。今度は新緑5月あたりにでも登りたいと思います。

 

 

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